4.JISによる機械的性質の比較
 前項では試験片による機械試験結果を基に硬さと機械的性質の関係を述べたが、ここではJISにて解説されている機械的性質付表から材料選定について考えてみる。表1.3に各種機械構造用鋼のJIS規格(1979)の解説付表による焼入れ焼戻し後の硬さおよび機械的性質を示す。
 炭素鋼において、硬さ、引張強さおよび降伏点は炭素量が多いものほど高い値が得られる。また、炭素量が少ないものほど伸び、絞りおよび衝撃値は高い値が得られ、じん性の点では有利であることが分かる。
 さらに、炭素鋼と合金鋼との間には歴然とした機械的性質の差が認められる。炭素鋼の降伏点は引張強さに対して70〜75%程度の値であるが、合金鋼の降伏点は80〜90%にも達しており、強度的には合金鋼のほうが圧倒的に有利であることが分かる。また、硬さは炭素鋼と同程度もしくはそれ以上の値であっても、合金鋼のほうが衝撃値や絞りは高い値を呈しており、じん性に関しても有利であることが分かる。
 また、合金鋼における合金元素の種類も機械的性質に影響を及ぼしていることが分かる。SCM440とSNCM439は高張力鋼として強靭性が要求される機械構造用部品によく用いられている。この二種類の鋼種は炭素量は同程度であるが、含有する合金元素の種類が異なっている。しかも、ほぼ同一条件の焼入れ焼戻しを施した場合、表1.3から明らかなように、得られる硬さと引張強さも同程度である。しかし、降伏点、伸びおよび衝撃値はSNCM439のほうが高い値が得られており、強靭性の点ではSCM440よりもかなり有利であることが分かる。これは合金元素としてのNiの効果であり、強度とともにじん性も重視するのであれば、SNCM439は最適鋼種といえるのである。
 
表1.3 焼入れ焼戻しした各種機械構造用鋼の機械的性質
鋼種
焼入れ
焼戻し
引張強さ
(MPa)
降伏点
(MPa)
伸び
(%)
絞り
(%)
衝撃値
(J/cu)
硬さ
(HB)
温度
(℃)
冷却
温度
(℃)
冷却
S35C 840
〜890
水冷 550
〜650
 
569以上
392以上
22以上
55以上
98以上
167
〜235
S45C 820
〜870
686以上
490以上
17以上
45以上
78以上
201
〜269
S55C 800
〜850
785以上
588以上
14以上
35以上
59以上
229
〜285
SMn443 830
〜880
油冷 急冷
785以上
637以上
17以上
45以上
78以上
229
〜302
SMnC443
932以上
785以上
13以上
40以上
49以上
269
〜321
SCr440 520
〜620
932以上
785以上
13以上
45以上
59以上
269
〜331
SCM440 530
〜630
981以上
834以上
12以上
45以上
59以上
285
〜352
SNCM439 820
〜870
580
〜680
981以上
883以上
16以上
45以上
69以上
293
〜352
SNC631 820
〜880
550
〜650
834以上
686以上
18以上
50以上
118以上
248
〜302

*直径25mmの試験片を焼入れ焼戻ししたもので、引張試験(4号試験片)および
 シャルピー衝撃試験(3号試験片)によるものである。


 
5.結晶粒度と諸特性との関係
 鉄鋼材料は結晶の集合体であり、この結晶同士の境界面は結晶粒界と呼ばれ、それに囲まれたものが結晶粒である。この結晶粒の大きさを結晶粒度といい、この大きさが鉄鋼材料の諸特性を大きく左右する。熱処理は加熱と冷却の組み合わせであり、このときの加熱条件や冷却条件が結晶粒度に多大な影響を及ぼす。例えば、焼なましや焼入れ時の加熱温度が必要以上に高かったり、加熱時間が長かったりすると、結晶粒は粗大化して脆くなってしまう。
 鉄鋼材料の結晶粒にはフェライト結晶粒とオーステナイト結晶粒があり、これらの結晶粒度試験方法がそれぞれJIS G 0552およびJIS G 0551に規定されている。これらのJIS規格では、結晶粒度(G)と断面積1mm2当たりの結晶粒の数(m)との関係式はm=8×2Gが成り立つとしている。
 このJIS規格のフェライト結晶粒度試験方法は、炭素含有量0.25%以下の鋼を適用範囲としており、オーステナイト温度までは昇温していないときの焼なまし状態の結晶粒度を判定する。また、オーステナイト結晶粒度試験方法は、オーステナイト化温度以上の熱処理(焼入れ、焼ならし、浸炭焼入れなど)またはオーステナイト系ステンレス鋼などの固溶化熱処理を行ったときの結晶粒度を判定するもので、粒度番号が5以上の鋼を細粒鋼、5未満の鋼を粗粒鋼としている。
 表1.4に結晶粒度と諸特性の関係を示す。一部の特性を除いて細粒鋼のほうが良好な特性を持っており、とくに衝撃値などじん性に関しては絶対的に有利である。この結晶粒の粗大化にともなうじん性の低下は、深絞り加工など塑性加工を行う際にはとくに注意すべき問題である。すなわち、中間焼なましにおいて過剰焼なまし(加熱温度が正規温度よりも高温)を施したため、十分に軟化しているにもかかわらず塑性加工によって亀裂を生じる例もある。また、すべての鋼において硬さが同一であっても焼入温度が高くなるほど衝撃値が低下することは、結晶粒の粗大化も一因になっているのである。
  さらに、大形機械部品の焼入温度は小物部品の場合よりも若干高めにしたほうが十分な焼入硬さを得るためには有利であるが、これは結晶粒が大きくなると焼入性が向上することが起因しているのである。また、アルミキルド鋼は焼入硬化しにくいといわれるが、これは結晶粒微細化元素であるアルミニウムが結晶粒の成長を抑制するためである。
 
表1.4 結晶粒度と諸特性の関係
焼なまし状態
焼入れまたは焼入れ焼戻し状態
性質
細粒鋼のほうが
(粗粒鋼よりも)
性質
細粒鋼のほうが
(粗粒鋼よりも)
被削性 あまり良くない 最高焼入硬さ 無関係
常温加工性 良好 焼入性 あまり良くない
加工仕上面 良好 焼入変形 生じにくい
引張強さ やや低い 焼割れ 生じにくい
降伏点 やや低い 研削割れ 生じにくい
伸び 大きい 残留オーステナイト 少ない
絞り 大きい 内部応力 小さい
衝撃値 大きい 衝撃抵抗 大きい
 
6.機械構造用鋼の焼入れ焼戻し
(1) 焼入条件の選定
  機械構造用鋼の持っている最高の特性を発揮させるためには、理想的には焼入れによって完全なマルテンサイト組織にすることである。機械構造用鋼はすべてが亜共析鋼であるので、適正焼入温度はA3変態点よりも30〜50℃高い温度であり、鋼種が決まれば自ずと焼入温度も推測がつく。考え方としては処理物が大物の場合は高めの温度を選定するとよい。なぜならば、大物は焼入れ冷却のときの冷却速度が遅くなるため焼きが入り難くなるが、高めの温度で加熱すると焼入性が向上するため、焼きの入りやすさの点で有利になるからである。また、焼入れ冷却の際に水のような冷却能の大きい冷却剤を使用する場合は低めの温度を選定し、冷却能の小さい冷却剤を使用する場合には高めの温度を選定するとよい。
例えば、S45CのA3変態点は780℃位であるから、焼入温度範囲は820〜870℃が理想である。図1.8に各温度から焼入れしたときのS45C(直径25mm、高さ15mm)の顕微鏡組織写真を示すように、この焼入温度範囲から焼入れした場合にのみ正常なマルテンサイト組織が得られている。以下に図1.8を用いて各温度から焼入れした際の金属組織と特性を説明する。なお、この内容については同寸法の他の機械構造用鋼でもほぼ同様の結果が得られる。また、処理物の大きさが異なると、鋼種間の質量効果も異なることを考慮しなければならない。
図1.8 種々の温度から焼入れしたS45Cの顕微鏡組織
図1.8 種々の温度から焼入れしたS45Cの顕微鏡組織
 
@A1変態点とA3変態点の中間の温度(750℃)から焼入れしたとき
金属組織はマルテンサイトとフェライト(写真では白色部)の混合組織であり、十分な焼入硬さは得られない。平衡状態図からも明らかなように、この温度における加熱状態ではオーステナイトとフェライトの混合組織を呈している。この状態から急冷するとオーステナイトはマルテンサイトに変態して硬化するが、フェライトはそのまま室温まで維持されてしまう。

A適正温度(850℃)から焼入れしたとき
この温度で加熱すると完全なオーステナイト組織になるため、急冷によって正常なマルテンサイト組織が得られている。しかし、この温度から焼入れしても冷却速度が遅くなる(室温の油による冷却)とマルテンサイトのほかに微細パーライト(写真では黒色部)も観察される。微細パーライトとは、冷却過程でセメンタイトが析出したもので、一種の不完全焼入れ部であり、焼入硬さの低下や硬さむらの原因になる。

B適正温度よりも100℃高め(950℃)から焼入れしたとき
この温度で加熱すると完全なオーステナイト組織になっているが、加熱温度が高すぎるため、急冷によって粗大化したマルテンサイト組織が得られている。このマルテンサイトはラスマルテン(板状マルテンサイト)と称されるもので、焼入硬さは最も高いが機械的性質は脆く、焼割れも生じやすいため、この温度はS45Cの焼入条件としては不適当である。
以上の内容は直径25mm、高さ15mmという非常に小さい試験片のときにいえることである。すなわち、試料の質量が増加すると冷却速度が遅くなるため、焼入性の悪い材料は図1.8のような焼入温度に依存した理想的な金属組織を得るのは困難である。とくに炭素鋼であるS45Cなどは直径が25mmであっても高さが増加すると、水冷を行っても中心部は理想的には硬化しない。
一例として図1.9に直径25mm、高さ50mmのS45Cについて、種々の冷却剤を用いて焼入れしたときの表面および中心部の硬さを示す。水冷を行っても中心部の硬さは表面よりも大幅に低い値になっており、さらに冷却剤がソルト(SQ)や油(OQ)のときは表面硬さも低い値になっている。比較のために同一寸法のSCM435についても同様の試験を行ったところ、すべての冷却剤に対して中心部まで硬化しており、S45Cよりは大幅に焼入性が優れていることが確認された。また、本図においては冷却剤の冷却能の違いも明確に現れており、水、ソルト、油の順に冷却能が優れているといえる。
図1.9 種々の冷却剤を用いて焼入れしたときの表面および中心部の硬さ
図1.9 種々の冷却剤を用いて
焼入れしたときの
表面および中心部の硬さ
 
<<<前へ   目次へ   次へ>>>